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ひめゆり戦史




かじまやぁさんから、昭和54年にテレビで放送されたドキュメンタリー番組、

「ひめゆり戦史・いま問う国家と教育」(森口豁さんの制作)

のDVDが届きました。
昭和54年3月に那覇で行われた卒業式のシーンから始まります。
卒業証書を授与されているのは、
沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒だった方たち。
本当なら昭和20年の3月25日に、母校で晴れやかに卒業式を迎えるはずだったのに、
その2日前に動員され沖縄戦に巻き込まれていった、ひめゆり学徒隊の生存者のみなさんです。
沖縄戦で命を落とした多くの生徒さんの卒業証書は、ご遺族に授与されました。

番組は、学徒隊の生存者や、学校、県、軍の関係者への取材を通し
なぜ10代の彼女達が戦争に駆り出され、死ななければならなかったのかに
迫っていきます。切り口が鋭くて引き込まれます。

終盤に、ひめゆり学徒隊だったかじまやぁさんのお母さんのお葬式のシーンが
あります。戦争から34年後に病気で亡くなられたとのことです。
お母さんの、先に戦争で亡くなった学友への強い想いが印象的でした。

かじまやぁさん、DVDありがとうございました!
きしの屋さんに回します。しかし、お母さん綺麗な人だったんですね^^


写真は、去年の6月に行った沖縄本島、国頭(「くにがみ」。本島の北部にある)の海。
僕は、HPの旅行記に「この旅行で一番気に入っている一枚」として載せました。

神々しいまでの太陽に、見事な夕凪。平和そのものです。
戦争当時、従軍し、突然解散命令を出されて散り散りになり、
沖縄本島の南部に追い詰められる中、何とか北部の国頭に逃げることはできないかと
もがき、叶わずに命を落としていった少女たち。
(もちろん戦争に駆り出された少年や、住民も含みます)

自分がお気楽旅行で見たこの優しい海を、
当時壮絶な状況の中で死んでいった彼女らは見ることができなかった。
そう思うと、悲しくなって、考えさせられて。
そういう理由で選んだ、感慨深い一枚なのです。


・・・と書いた所で、おお、もうこんな時間。
さて!今日はこれから、大阪のステーキハウスにて
「ボジョレー・ヌーボーでワイワイやりましょう~」というパーティーで
三線弾いてきます!頑張るど~~
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    16:42 | Trackback : 0 | Comment : 5 | Top
Comment
2007.11.23 Fri 19:12  |  朱鷺 #AGI7I832
 朱鷺です。唄三線を続けるには、各人それなりのモチベーションが必要だと思います。
 「沖縄の過去・現在・未来への想い」は、十分な動機となると思います。

 nikkiさんのこの間の活躍の要因を見た思いです。

 そうそう、nikkiさんの私との比較で凄いと思うこと。「唄三線を一人で人前でやれる」ということです。三線7年くらいまでは、当方は必ず「付添い」を求めておりました。
 
  [URL] [Edit]
2007.11.23 Fri 23:31  |  ken-san #-
「国頭ジントーヨー」は、そんな時代を歌った唄なんですか?
  [URL] [Edit]
2007.11.24 Sat 01:21  |  NIKKI #xnz7s2KM
朱鷺さん>
ありがとうございます!ご理解いただき嬉しいです。
番組や写真の真面目な話と、一見おちゃらけ(笑)なライブの話は
自分の中では完全に繋がっているものです。
まだまだ知っていることは少ないけど、すべてが
唄三線をしたいと思うバックボーンです。
・・・ちなみに今日は一人じゃなくて、三人でやってきました^^;
地元のバーやスナックでは一人で頑張ってます。
ライブのレポは改めて!


ken-san>
う、、国頭ジントヨーはまともに勉強していないので、
はっきりは分かりませんが、そんな時に見に行くのが
こちらです↓
http://taru.ti-da.net/
あるかな?
・・・ちなみに誠小さんの「ジントヨー」じゃなくて「揉んでよー」
は唄えます。かなり好きです(笑)
  [URL] [Edit]
2007.11.25 Sun 19:00  |  Qoo #5nTWP9p2
暗い話になります。覚悟してお読みください。(^^)

僕も、沖縄に行ったときは、ひめゆりの塔へ行きましたが、今年の終戦記念日のテレビ番組で、ひめゆり以外にも、戦争で亡くなった学徒の方がいらっしゃることを知りました。そのときに紹介されたのは白梅学徒と呼ばれた方々で、そこで亡くなった方を慰霊する白梅の塔というものもあるそうですが、訪れる人は、ほとんど居ないということです。従軍看護婦として、何も知らない女学生が、それは悲惨な傷を負ったり、手足がちぎれたような兵隊さんを、薬も無く、治療など望むべくも無い状況の中で、何人もが死んでいくのを見たそうです。
地下壕を焼き払う、米軍の火炎放射器で焼かれ亡くなった、うら若い女学生の、その恐怖を想像するだけで、胸が熱くなります。また、軍に自決を強制された女学生の無念さは、計り知ることもできません。
沖縄が好きであればこそ、僕たちは、本当の過去を知り、それから目を背けてはいけないと思います。
  [URL] [Edit]
2007.11.27 Tue 00:11  |  NIKKI #xnz7s2KM
Qooさん>
そうですね・・・
手記や資料などにある、壕の中の凄惨な状況とか、最後のとげ方とか、
想像しようと思ってもしきれないですよね。
ひめゆりの塔や白梅之塔の他にも、
若くして死んでいった学生たちの慰霊碑はたくさんありますので、
ひとつひとつ勉強しながら巡ってみる旅もいいなと思います。
現実にはお金と時間がないとですが^^;
沖縄、やっぱり遠いな~・・・
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